日医標準レセプトソフト(ORCA)報告

 

川崎市医師会 宮前区 伊東克彦

 

川崎市医師会システム情報委員会を母胎にPC(パソコン)のメーリングリストが発足し,かつては情報交換がとても活発でした。そのうちにメーリングリスト有志で「オフ会」という親睦会が催されるようになりました。「オフ会」は毎年恒例になりそうだったのですが,昨年は開催されず残念です。平成13年の暮れだったと思います。日本医師会から日医IT化宣言(注1)が発表され,「オープンソースレセコンソフトを開発する,その基本ソフト(OS)はDebian GNU/Linuxである」ということがアナウンスされました。その年のオフ会で,私は「これからは医師が使うべき基本ソフトはLinuxである。しかし商業ソフトのMacWindowsに比べると,その習得はなかなかむずかしい。」ということをお話しいたしました。それから2年,当院で「自前で用意した」ORCA(日医標準レセプトソフト,以下日レセ)が本格稼働いたします。

日レセとは,日本医師会・日医総研が医療のIT化をレセプトコンピュータ(レセコン)を高機能化するという手法で進めているプロジェクトの最初の成果です。現在大多数の医療機関がレセコンを使用しています。レセコンは複雑な健保体系に合わせて診療報酬を計算していますが,導入・運用に経費がかさみます。そこで日医が独自にレセコンを開発し,医療を電子化・ネットワーク化し,さらにオンライン化することによってバックアップ,ソフトウエアの更新,データの暗号化によるセキュリティ確保,複数の医療機関の連携も進めて,経費をも削減しようとしているのです。

私はLinuxを使ったことはありませんでしたが,日医総研がORCAプロジェクトを発足させると同時に勉強と準備を始めました。基本ソフトを一から習得するのは骨が折れます。しかし将来必ず必要になるだろうとの思いから,地域ベンダ(注2)のパイオニア(捨て石?)となるべく「有限会社ケアカルテ」も創設してしまいました。幸い当院には優秀な常勤事務員がおりましたので社長になってもらいました。彼(及川 信と申します)自身も私の小さな診療所の一事務員で終わる人間ではなく,千載一遇のチャンスと考えたようです。その後及川は日医総研が主催する日レセ技術者の資格試験にも合格し,「ケアカルテ」は日医総研認定ベンダの資格を手に入れました。今のところその必要はないのでケアカルテは日医総研認定ベンダへは未申請ですが,PCネットワークのエキスパートであるとともに日レセベンダでもある「株式会社川崎インターネット」と業務提携して,いつでも日レセをサポートできる状態に”なりつつ”あります。とりあえずは当院で本格稼働の実績を上げてからが本番ですので,現状はようやくスタートラインに立ったところかもしれません。しかしこれに対して,日レセはレセコンソフトウエアとしてはすでに完成の域に達しております。自信を持ってお勧めできるレセコンソフトウエアであることを皆さんにお知らせいたします。

次に今後解決すべき課題を考えてみます。私達がここまでできたのは,私が川崎市医師会システム情報委員であったこともその理由のひとつですが,基本的に私が「PC好き」で「趣味を仕事に生かしたい」と考えたからでしょう。ですから多くの皆さんはこのようなこと(苦労と浪費!)をなさる必要は全くございません。ではどうすればよろしいでしょうか。会員の皆さんが次のレセコンに日レセを選ばれたとき,安価に,安心して,きめの細かいサポートを受けることができる体制を整備する必要があります。すなわち第1の問題は川崎に地域ベンダが(育って)いないことです。業者が開業してくれるのをただただ待っているだけでは前に進みません。地域医師会は,日医中央が作ってくれた日レセを使える環境を整備する義務があるのではないでしょうか。川崎市医師会を核としたベンダを組織することを川崎市医師会システム情報委員会の仕事のひとつとしていただければ,と私は考えています。私どもの「有限会社ケアカルテ」も宮前区の周辺でその一翼を担うことができれば幸いです。第2に,現在使用中のレセコンから,頭書・病名などのデータを移行するには少なくない費用がかかることがあげられます。これは日レセにするから必要というわけではなく,既存のメーカから別の既存メーカへ変更する場合でも同様です。このためメーカを変更したくてもできない「囲い込み」がなされていたのです。(データ移行にサンヨーメディコムは協力的,富士通は非協力的です。その他のメーカはその中間です。富士通製レセコン以外)お金を出しさえすればデータ移行はおおよそ可能になっています。第3に電子カルテ。診療所のIT化に電子カルテは避けて通れません。ただ日レセは,前述のようにかつて電子カルテ化することで期待された機能の多くをすでに備えております。また電子カルテを使いたいと考えていらっしゃる先生方の多くは,電子カルテで何をするのか,したいのか定まっていない状態のようです。さらに電子カルテをこう使いたいとお決めの先生方の思いはバラバラなのです。今後も電子カルテのひな形が定まるまでには紆余曲折があるでしょう。レセコンに日レセを選ばれるのであれば,選択すべき電子カルテは日レセとシンクロ可能であることが必要です。そうでないと宝のもちぐされです。日レセにも電子カルテ機能が付加される予定で,日レセを使うのであればとりあえずこの電子カルテを試すのがよいのではないでしょうか(200393日現在未完成)。

電子カルテについて少々補足いたします。私が電子カルテで実現したい機能は,1.検査会社からオンライン配信される時系列化した検査データの閲覧・保存機能,2.紙カルテに処方を書きうつす必要なく(真正性の担保),電子カルテに処方入力した結果が日レセに反映される機能,3.分厚くなった紙カルテをpdfフォーマットなどでファイルする機能,4.これらをLinux上で実現する機能,を望みます。私は紙カルテの併用を原則とします。1.検査データ用紙を整理するのはめんどうなものです。そのままファイルしておくだけではかさばります。この機能は多くの検査会社独自のソフトウエアですでに実現されています。電子カルテ・レセコンと一体化しているものもBML(注3),SRL(注4)など大手検査会社から発売されていますが高価です。一等実現に近い機能なのですが,日レセのこの機能が付加される予定はなさそうです。検査会社との協力が不可欠なのです。2.はDolphinシステム(注5),WINE STYLE(注6)などで実現されています。日レセに実装されているCLAIM CLinical Accounting InforMation)という規約にあわせてプログラムされています。やや速度に問題があり,現状では日レセに自分で処方入力する練習をするのが先だと私は考えています。もちろん日レセは電子カルテではないので紙カルテにも処方を記入する必要があるのですが,余分にプリントした処方箋を紙カルテに貼り付ければよろしいのではないかと考えております。処方ミスを少しでも減らすため,処方箋は医師自身が入力すべきではないでしょうか。3.これはスキャナで紙カルテを読み込むという手間をかけさえすればすぐにでも実現しますが,この方法でカルテを保存することを厚生労働省はまだ認めていません(と思います)。将来的にも,「めんどうだ」「そんなこと誰がやるんだ」という難関が立ちはだかります。誰かがやってくれればとてもうれしいですね。ビジネスになるかも。4.昨今,PCのウイルスの話題には事欠きません。PCネットワーク上で悪さするクラッカー達のターゲットは圧倒的にMicrosoft-Windowsです。高度な堅牢性・安全性が要求される電子カルテシステムは,少々不慣れであってもWindows以外の基本ソフトを使用するべきです。Macもとてもよいのですが,Linuxはオープンソース,無料です。これからはLinuxでしょう。以上のことから,まだあわてて電子カルテを装備する必要はないと考えています。

当院の日レセハードウエアのスペックは以下のようになっています(写真1から4)。近々宮前区の休日診療所へ「有限会社ケアカルテ」製の日レセPCを納入する予定です。サンプル品ですから低価格かつ低スペックの最小セットとなっています。

日レセは,医療の連携・効率化と医療費の節約にきわめて有効なツールであることを自信を持ってご紹介申し上げます。今後また機会をいただければ当院での日レセ稼働の様子をレポートさせていただきたいと思います。

追記 私の診療所は,川崎市医師会と提携関係にある京浜予防医学研究所(京浜予研)に検査をお願いしています。こちらはすでに「LABONETという,オンラインで検査データを配信し,グラフ化することなども可能なWindowsソフトウエアのサービスを展開しています。このソフトは日レセとシンクロできませんし,Linuxへ移植するのも難しそうですが,過渡期の紙カルテ支援システムとしては魅力的なソフトウエアといえます。しかし京浜予研がDoctor’s Desk Lighthttp://doctorsdesklight.com/ )など安価な(9,800円!)日レセ対応ソフトウエアを採用してくれればその有用性は格段に高まるでしょう。今後京浜予研へは日レセシンクロ機能や電子カルテ機能の拡充,Linux対応のソフトウエアの採用など,IT化に対応した検査データ配信サービスの実現を川崎市医師会システム情報委員会として働きかけてゆこうと思います。

 

注1:日医IT化宣言 平成13年11月20日 社団法人 日本医師会         日本医師会は、医療現場のIT(情報技術)化を進めるため、土台となるネットワークづくりを行うことを宣言します。まず各医療現場に標準化されたオンライン診療レセプトシステムを導入し、互換性のある医療情報をやりとりできるようにする計画(ORCAOnline Receipt Computer Advantage)を推進します。この計画のために日医が開発したプログラムやデータベースはすべて無償で公開されます。医療現場の事務作業の効率化を図り、コストを軽減させると同時に、誰もが自由に利用できる開放的なネットワークを形成し、国民に高度で良質な医療を提供することをめざします。

注2:日医・日医総研がいくら優秀なレセコンソフトウエアを開発して無料配布しても,PCにソフトウエアをインストールしたり,それをメンテナンスしたりする地域密着型の組織が存在しなければ普及いたしません。日レセ周辺ではこの(会社)組織を「ベンダ」とよんでいます。レセコンソフトウエアが成熟すれば,ソフトウエアインストールやハードウエアメンテナンスといった技術的問題のサポートよりも,健保システムそのものに関する質問への対応が重要になるでしょう。将来的には川崎市医師会をルーツとした樹形的な組織が好ましいのではないかと私は考えております。

注3:ハイパフォーマンス電子カルテシステム Medical Station http://www.bml.co.jp/medical_station/index.html

注4:Doctor’s Desk II/Duo http://www.doctors-desk.com/

注5:eDolphin http://www.digital-globe.co.jp/index.html

注6:WINE STYLE http://www.sunjapan.co.jp/step/wine/

 

写真1 日レセの前で体育座りする私(左)と及川社長(右)。 診察室の従サーバ機(左下に本体,中央に液晶モニタ,キーボード(あ,私のマスクが・・・),マウス:Woody-ORCA 川崎インターネット製ノーブランドデスクトップ Pentium4 1.6GHz RAM1024MB 80GHDDx2)とWindows2000ノート。回線にはADSL(ODN)を使用。

写真2 受付の主サーバ機(従サーバと同等品)と当院の事務員。

写真3 主サーバ機の本体とプリンタ:Ricoh NX750 ポストスクリプトレーザプリンタ。

写真4 診察室机上のDell Inspiron8200ノート。Pentium4 1.9GHz RAM512MB 40GHDDx2 このノートPCにはWoody-ORCAもデュアルブートインストールしてありますが,WindowsXP上のGlclient-Win32で日レセを使用しています。日レセはWindowsからも操作できるのです!

2003年9月4日 宮前平内科クリニック・有限会社ケアカルテ 伊東克彦